現実は「地味」なのか?
―― 「おおかみこども」には人生のリアルが反映されているというお話ですが、アニメーションでリアルさを追求したことに対して、何かしらの壁や、デメリットのようなものはありましたでしょうか。
壁というのは、映画を制作する上ではいくらでも出てくるんですが(苦笑)、映画公開の後にいただいた言葉に、「この企画を成立させたスタッフに敬意を表する」というものがあったんです。それは、逆に言うと、こうした企画を成立させるまでにはさまざまな障害が予想される、ということだと思いました。
―― 「こうした企画」というのは?
要は、ちょっと地味なんじゃないか、ということなんです。アニメーションというのは、いくらでも架空のファンタジーを描ける映像なのに、「おおかみこども」は日常描写がほとんどです。制作中にも、「アニメ映画」としては淡々とし過ぎているんじゃないかという懸念は出ていました。プロデューサー4人(齋藤優一郎氏、高橋 望氏、伊藤卓哉氏)の中でも、「上司から『映画としては地味じゃないか』と言われた」とか、いろいろ出る意見を持ち寄って、さあどうしよう、と皆で話し合いを積み重ねていきました。
(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
―― それでどうされたのですか。
それで作品の内容が変わったかというと、結局変わらなかったです。確かに今回の作品は、抑揚は静かではあると。それでも、花という女性の、13年間に及ぶ人の営みを2時間弱で表現するというのはかなり壮大な試みというか、無茶な試みだろう。それだけで十分派手なんじゃないのか、という結論を出しました。
―― 抑揚が静かな作品の中で、カタルシスをどのように置こうと考えましたか。
カタルシスというと、アクションなどがまず浮かぶかもしれませんが、カタルシスの形もいろいろあると思うんです。僕が大好きな「新世紀エヴァンゲリオン」であれば、スタイリッシュなデザインとか、表示がパパパパパッとリズミカルに出てくるとか、専門用語だらけのたたみかけるような会話とか、そういう形のカタルシスもある。もちろんストーリー全体を見て初めて生まれるカタルシスもある。「おおかみこども」はその13年間の花や子供たちの生き様自体に、お客さんにうったえかけるものがあったのかなと思います。
すごく良かったのは、細田さんがサービス精神旺盛な監督だというところですね。雪山をサーフィンのように滑り降りていく親子の姿とか、開放感や爽快感のある、それこそカタルシスのあるシーンを入れて、エンターテイメントに仕上げてくれている。
それから、たくさんの人が「泣いた」と言ってくれた、雪と草平のふたりきりの教室のシーン。ああいうところが僕は最大級のエンターテインメントだなと思うんです。
(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
―― おおかみこどもの一番の「映画らしさ」はどこにあると思いますか?
僕が「まさしく映画だ」と思って非常に面白く感じたのは、花が、雪と雨に「おおかみ」か「人間」かを選ばせるところです。本当は、その選択の中に「ときどきおおかみ、基本人間」っていう、一番リアリティのある、妥当な選択があっても良いはずなんですよ。だって、本当はそれが一番得なんだから(笑)。それにこれまでのオオカミ男映画ってオオカミ男は例外なく、「ときどきオオカミ、基本人間」じゃないですか。
僕たちは実際、社会の中でそういう生き方をしているわけですよね。ときどきは「おおかみ」になって、リスクの高い仕事も頑張っちゃう。でも基本は「人間」なわけ。おとなしくその社会の中で自我をひっこめて生きているという。最も無難な選択肢がなかったっていうのが、この映画の面白いところだなと思うんですよ。
―― なぜ、無難な選択肢を避けて、「おおかみか人間か」という極端な選択になったのでしょうか。
それこそ、泣くほど感動するという「映画」とはそういうものなんじゃないですか? 自分ならどうするかと考えさせられる作品のほうがきっと面白いし、ヒットもしていると思う。
人は生きている限り、リスクを覚悟して常に何かを選択して、何かを捨てている。「映画」はそれを映し出す。だから観た人は、自分の人生について考えさせられるんです。それが「映画」の存在する大きな意味のひとつだと思います。
(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。
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